日記・・・身近な暮らしで

来てくださって、ありがとうございます。
暮らしの中で見たことや感じたこと、考えたことを
私のメモのつもりで書いています。

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2018/06/01 (金) | -
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昨日は、出雲すこやか会の日帰り研修だった。
日ごろ共同購入させていただいている生産者さんをできるだけ訪ねるようにしているが、今は、人手も少なく、頻繁に行くことができない状態だ。
顔の見える関係を大切にしたいという会の当初からの方針を受け継ぎたいと思っている。
今年は、19名が参加した。出雲すこやか会の会員を中心に昨年度から若者たちも参加している。
最初に影山製油所さんを訪ねた。
影山陽美社長と狩野道雄総務部長が、出迎えてくださり、工場見学の前に事務所でお話を聞いた。
出雲では、江戸時代には盛んに菜種油の生産が行われていたとの記録があるようだ。
当時は自給率100パーセントだった菜種も今では、0.04パーセントにもなり、厳密に言えばもっとすくないだろう、とのことだった。
ほとんどが、輸入のなか、影山製油所では、種が交雑しないように手間をかけて圃場を管理し、原種を守ってきた。
大手メーカーの透明に近い油と影山製油所の菜種色の油では見ただけでその違いがわかるほどだ。
化学薬品を一切使用しないこの菜種油を、我が家も30年以上使い続けてきた。
私や家族の健康を支えていただいたとありがたく思う。
工場では、すでに選別された菜種が搾られつつあった。
重油やガス加熱ではなく松の木を薪として使い、丁寧にかつしっかり、混ぜながら香ばしい菜種が仕上がっていた。
油の抽出にも市販の油に使われている化学薬品は一切使用されていない。
味見をさせていただいた搾りたての菜種油は、まろやかでいい味だった。

1時間あまり、見学させていただいた後は、大社町鷺浦へ向かった。
コミュニティーセンターでNPO法人「ふるさとつなぎ」の清水さんが迎えて下さり、さっそく町を案内していただいた。
古くは北前船の寄港地として栄え、今でもその豊かな時代の名残をそこここにみることができる。町の入口?にはトンネルがあり、そこを抜けるとすぐ町の中というがめずらしかった。
近くに屋根の下の壁の鏝絵や曲り塀などがある民家をみることもできる。また、丘の上からみる風景は、鷺浦の街並みや小さな灯台などが、エメラルドグリーンの海に映えて心癒された。
町のなかほどにはギャラリーしわく屋という古民家のお店もあり、ここでは焼き立てのせんべいなどいただいたり買い物などを楽しんだ。
すっかり、お腹がすいた後は、清水さん紹介の出張シェフの方に地元の魚やシェフ自ら作られた自然栽培の野菜などを
使った料理をいただいた。関東からIターンでこられたシェフの食材へのこだわりにも感心し、もっと多くの人にここを訪れ、食べてみてほしいと思った。
食後は、藻塩について鵜鷺元気な会の安部さんにお話ししていただく。


その後、渡辺水産を訪ねた。
さっそく、工場を順番に見学させていただいた。
ちょうどかさごが干物に加工されるところだった。
かさごは、のどぐろといっしょにあがる魚だそうだ。
今が旬。薬品は、使わず、オゾン殺菌しているが、生ものなので気を使うとのこと。
また、室内も薬剤を使用しないで清潔を保つようにしていると説明された。
美味しくて安心して食べることのできる干物を作るための努力を目の当たりにし、ありがたいと思った。

 


2014/10/25 (土) 23:29 | 出雲すこやか会
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 きょうは、平成26年度「民間団体による子ども・若者支援促進事業」の提案についての審査会だった。
予算の関係上、1団体は落ちるかもしれないと聞いていたが、予算を精査するということで、6団体すべての提案が採択された。
中間就労の場の提供は、出雲すこやか会とYCスタジオともうひとつの団体の3団体だった。
これまでの価値観や世の中のあり方からすれば、最終目標は企業で仕事を得る、ということになっているし、きょうの審査会でも
審査員から評価としてそのことを求められた。
しかし、日々、若者たちと関わっている私たちからすれば、今の状況は、そうした目標を立てにくい、とはっきり言えるし、それを目標とすれば、さらに辛くなる、ことも訴えたい。
成熟社会になって社会の仕組みも仕事も複雑になり、人生経験を積んだはずの高齢者でさえ、詐欺にあう時代。
以前とは、全く違う世の中になっている。
さまざまな事情で困難を抱えることになってしまった若者たち。それは、私たち大人が作り出してしまった困難だ。
具体的には書きにくいが、そのひどい状況にときには立ちすくむほどだ。
いろいろな生き方があっていいはずなのに、それさえも許されず、追い込まれる若者たち。
今のままだと、若者たちの辛さはいつまでも辛さとして残ってしまい、経済的だけでなく生きのびることさえ困難になってしまう。
 


2014/04/14 (月) 23:07 | 出雲すこやか会
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  きょうは、出雲すこやか会の研修を兼ねたレクリエーションで、平田方面に出かけた。
参加者は9名。3台の車に分乗し、塩冶を出発した。
真っ先に向かったのは、十六島(うっぷるい)の風力発電所だった。十六島風車公園で管理等の説明のパネルを見たり、遊歩道を歩いた。
その後、平田本陣で竹久夢二展をみて、ランチは、平田の町にある「さかもと」でとった。
1000円でアフターコーヒー付は、和食で品数も多く、おいしくいただくことができた。
そのせいか、予約でないと入れないときもあるらしい。

昼食後は、木綿街道を散策した。あらかじめ、市役所の観光案内で木綿街道のガイドをもらっていたので、それにそって歩いた。平日のせいか人通りも少なくのんびりと歩くことができた。一通り歩いた後は、来間屋生姜糖本舗の生姜糖を買ったり、醤油のソフトをいただいたりした。

一番長く過ごしたのは「結」というカフェ&日本酒のお店だった。入り口とキッチンの部分以外はほとんど昔のままの店内で、ちょっと前の出雲にはどこでもあったのではないかと思わせるつくりのせいか、妙に懐かしく落ち着くことができた。改造部分も昔使われていたものをリフォームしてあり、素朴で遠慮がちなところが、うれしかった。
2階も見せていただいたが、ほとんど昔のままのように見えた。だれかが「おばあちゃんの家に来たような気がする」とつぶやいたが、確かにそうだと、私も思った。機会があればこういうところで1度、暮らしてみたいとさえ思った。
全体はこじんまりとしているが、昔は木綿を積んだ船が行きかったであろう川に面しているせいか、息苦しさを感じなかった。日本酒の利き酒もできるというこの店の女主人は、まだ若いが、落ち着いた雰囲気がこの店に似合っていた。





2012/10/18 (木) 19:45 | 出雲すこやか会
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  12月のすこやか会の定例会は、忘年会だった。
昨年の忘年会で好評だった「和らび」で今年もランチをした。
定例会を前の30分で終えた後は、ゆっくり、おしゃべりをしながら、和食を楽しんだ。

その後、蔵カフェ「おもひで屋」に場所を変えて、こんどはケーキや飲み物をいただいた。
食べ過ぎになりそうだったので、ひとつのケーキを分け合っていただいたら、ちょうどよかった。

蔵カフェは、塩冶小学校近くにある布野邸の蔵をリフォームして利用されている。

布野邸には、表からはなんどかおじゃまさせていただいたことがあるが、裏からははじめてだった。
蔵カフェ「おもひで屋」は元の蔵が最大限生かしてあり、落ち着いた雰囲気だった。
2階は、和服などをリフォームした服が、置いてあった。

設計は、我が家もリフォームしていただいた「ナック建築事務所」だと聞いた。

帰り際、以前、母屋から見せていただいた珍しい種類の大きな松のことを思い出し、出口で母屋の庭の辺りを見ると、その松らしい樹木のてっぺんが見え、まだ、枯れずに残っている事がわかった。

変わらないものにほっとする心は、松枯れに心を痛める地元の方々も同じで、ずっと見慣れた風景が、あっという間に変わる様はだれだって受け入れがたいことだと思う。
しかし、昔ながらのものを、そのまま守るためには、今ある困難をどう乗り切るかの知恵も必要であるし、蔵を蔵カフェとして活用していくような切り替えも必要なのかもしれないと思った。



2011/12/11 (日) 14:30 | 出雲すこやか会
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  出雲すこやか会、会員7名で、奥出雲町の宇田川養鶏さんを訪ねた。
以前は、木次町の田中養鶏さんから購入していたこともあって会として、宇田川養鶏さんを見学させていただくのは、はじめてだった。

元気な鶏たちが、広い鶏舎を自由に動きまわっていた。



鶏は暗いところに卵を産む習性があり、このふたを開けて卵を回収するそうだ。




鶏糞は発酵させて乾燥させ、鶏舎の下に敷いたり、田んぼの肥料に使う。
鶏糞を乾燥させている場所。宇田川さんのお話を聞く。


宇田川さんの後継者の息子さん



2011/10/13 (木) 17:16 | 出雲すこやか会
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  第1回やさか有機農業市民講座が、開催された。
「作り手と食べ手をつなぐ有機農業」の演題でNPO法人島根有機農業協会 理事長 井口隆史さんの講演の後、事例紹介として、私のほうから、出雲すこやか会について紹介させていただいた。

弥栄町は、中山間地域で地理的には、都市から離れているという不利な条件があるものの、そのことで美しい風景が残っているのだと思った。
3.11以降、関東から移り住んでいる若い家族もあるとのこと、弥栄共同農場では、若い人たちも働いていることを聞いた。
講座のあと、その若い人から声をかけていただきその方が、「経済的なことよりも自分の暮らしを考えたい」と言われたことに、ここでは若い人々が自分らしく生きることを支える環境があるのだと思った。

弥栄町の風景




帰り道で(浜田市のゆうひパーク)



2011/09/23 (金) 08:38 | 出雲すこやか会
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 2月の出雲すこやか会、グループ連絡会は、影山製油所の影山陽美社長をお招きして新製品キラリボシについてお話を聞いた。

出雲すこやか会では、貴重な国産の菜種から作られた影山製油所の菜種油を共同購入してきた。
地産地消はもとより、環境や人のからだをなによりも大切にとの考えのもと、無農薬、有機栽培された菜種が原料の食用油は、長年、会員の食を支えてきた。
生産者と消費者団体が直接交流しながらの顔が見える関係は、一朝一夕では得られない貴重な関係だといつも感じている。

先日の会では、社長のお話を聞いたあと、影山製油所、料理部の料理担当の方の同行もあり、「キラリボシ」を使った野菜を中心としたおいしい料理もいただいた。



2011/02/27 (日) 23:39 | 出雲すこやか会
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  きょうは、出雲すこやか会の今年初めての運営委員会だった。
いつものように2月の予定を決める。
2月のグループ連絡会では、影山製油所(出雲市芦渡町)さんが、新製品「キラリボシ」を出されたのでそれについての話を聞いてみよう、ということになった。
影山製油所さんの主力製品のひとつに菜種油があるが、「キラリボシ」は、無エルシン酸の種子で原種増殖圃場で契約農家が栽培されたものが使われている。
従来の菜種油は、サラダなどには、少し使いにくかったが、「キラリボシ」は、サラダのドレッシングとしても使えるらしい。
食用油のすべてを影山製油所さんに依存している我が家にとっても新製品はうれしい。



また、松江「たべもの」の会のほうから、元田中養鶏の故田中利男さんの追悼集を作るのですこやか会にも追悼文の依頼があったことを報告をする。
その後は、お正月休みの間の雪の話題が多く出た。


2011/01/13 (木) 13:43 | 出雲すこやか会
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 きょうは、9時から塩冶コミュニティーセンターの大掃除だった。
出雲すこやか会では、月に2度、会議で使用しているので毎年参加している。
割り当ては、例年通り、会議室。
9時ごろにいくと、すでに作業は進んでいた。
椅子や机を出した後、窓を拭いたり、ポリッシャーという機械で床の汚れを落とし、その後を雑巾で汚れなどふき取ったりした。
ここまでが、私たちの分担で、次のグループが、ワックスがけや仕上げなどをするらしい。
10時半に終わったあとは、用意してあったお茶やお菓子をいただいた。

気のせいか、掃除に集まった人の年齢が高齢化しているように思えた。
会議室に集まった人たちもほとんどが60代から70代?
「自分の町内は、ほとんど80代の女性ばかりで男性がいない、」と言われる人もいた。
全体の高齢化が進んでいることも確かだが、自治会などに若い世帯が入りにくい状況もコミセンに集まる人の高齢化をもたらしているのではないかと思った。



2010/12/15 (水) 21:34 | 出雲すこやか会
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  きょうは、出雲すこやか会の研修だった。
行き先は、雲南市三刀屋町。
ブログを検索してみたら、2006年11月に同じ場所に出かけていた。

最初は、永井博士記念館に行った。
4年前に行ったが、機会があれば、また行ってみたいと思っていた。
こじんまりとした記念館の玄関は、綺麗に手入れされた花々の色が鮮やかだった。
入場料100円を支払い、まずは、ロビーで生い立ちのビデオをみる。
その後、館内の展示をゆっくり見てまわった。
11人で、それほど広くない館内をまわったが、だれもが食い入るように読んだり見たりしていたのでずっと静かなままだった。
だれからともなく、「生家も言ってみたいね」との声。
峰寺で精進料理をいただく時間がせまっていたので、帰りに寄ることにした。

山の中腹にある峰寺の駐車場に着くと、住職さんが迎えてくださる。
丁寧に作られた精進料理は、どれも程よい味で、早速、家で作ってみようという会員もいた。
お品書きには、真言宗密教料理、と書かれていた。

食後に、いつもの連絡会をする。
会員から、提供された1枚の新聞記事をみんなで読む。

朝日新聞の「くらし考」
「豊かさとは何か」(1989年)を書かれた暉峻淑子さんが再び豊かさとは何でしょう?と問いかけておられる。
そして、社会とつながること、損得考えず、1歩踏み出して、とのメッセージ。
日本人も1歩踏み出して行動を起こしてほしい、お金をかせぐばかりが社会人ではない、異なる意見を持つ人とつながり、関係を築くことが社会人の到達点だと結んでおられる。

峰寺を出発した後は、三刀屋町内の「天満屋」さんという和菓子屋さんに永井博士にちなんだ和菓子「しっぽもひと役」を買いに行く。
天満屋さんのホームページには、その由来が載っている。こちらから
とてもかわいい和菓子だ。

博士の生家は町から2キロ離れた小さな山間の集落にあった。
山を背に萱ぶきの母屋とその隣には、2階に診察室があったという木造の建物があった。
庭には銀木犀があり、やさしい香りがあたりに漂っていた。


永井記念館のホームページはこちらから


2010/10/14 (木) 20:08 | 出雲すこやか会
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